アビリティーとコンピテンシー
JR宇都宮線の車内での事,高校生らしい女の子2人が会話していました.
こう考えた後,つい先日の新入社員研修(フォローアップ研修)のことを思い出しました.かわたの会社では人物評価の際は,アビリティーではなく,コンピテンシーで評価するよというものです.
ここでいう,アビリティーっていうのは,潜在能力みたいなもんで,○○ができますよ,という能力の事です.そして,コンピテンシーというのは,実際に発揮している能力を指します.
なんで,先ほどの女の子の会話を聞いて,かわたがこれを思い出したかというと,学校教育はアビリティーを身に付けるところで,塾ってのはコンピテンシーを身に付けるところなんじゃないか?っていう気がしたからです.
ところが,お上は,一生懸命,ゆとり教育とか云々言っています.世の中では,テストで点を取れるやつが勝つっていうことをなんにも考えていないかのようです.
でも,かわたは,アビリティーに対して否定的ではありません.アビリティーのない人がコンピテンシーを発揮できるわけがないと思うからです.
結局,アビリティーもコンピテンシーも両方とも大切だと思うんですね.会社は営利団体なので,利益に直結するコンピテンシーを重視するのはもっともだと思います.でも,学校や塾は,アビリティーとコンピテンシーの両方を重視すべきだと思います.
「なんか,中学のときって学校の授業より塾のほうがわかりやすくなかった?」
「でも,塾って成績によってクラス分けしてたでしょう?」
「それはそうだけど...勉強は塾でやって,学校では部活してればいいってカンジ...」
学生時代,塾でバイトをしたことのあるかわたは思ったのでした.塾でやっていることは教育じゃない.あれは,問題の解き方,テクニックを教えているだけ.その物事の本質というか,考え方みたいなものを省略して,単純明解に解く方法を教えているだけなんだ...と.
悲しい事なのか,喜ばしい事なのか,社会でも,学校でも,評価されるのはコンピテンシーのようです.いくら能力があるといっても,テストという限られた条件下で能力が発揮できなければ評価してもらえません.受験というのは,まさにコンピテンシーを測っているような気がするんです.
実例としては,かわた自身をあげる事ができます.かわたは大学時代,電子回路技術というアビリティーを持っていましたが,これはあんまり役に立っていませんでした.つまりコンピテンシーにはなり得ていなかったのです.ところが,今の会社では,これがコンピテンシーとなっています.そして,大学の時勉強した生物の事や,ヒューマンインターフェース,音響学といった知識がいまやアビリティーとなっているのです.
もしかすると,
といった業務の分担をするって言うのも21世紀には必要になってくるかもしれません.
...かわたのつぶやき
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