具体的に,どうやって可変抵抗を作っているのでしょうか? 下図を見てください.この図のように,グランドにつながったコンデンサ(キャパシタ)をスイッチング(スイッチを左右に切りかえる)すれば,それは等価的に抵抗と見なせるようになります.
この技術は,その昔,とある海外の大学に在籍していた学生が発見したらしいです.「すごいなぁ」と感心してしまうのですが,ちょっと自分でも考えてみることにします.
実は,このようにコンデンサをスイッチングしてやれば,抵抗になるんじゃないか?ということは,中学の理科程度の知識で思いつくことができるのです.
あなたのうちの近所で火事が起きました.とりあえず電気や油による火災ではないようなので,水をかければ簡単に消火できそうです.町の消火団の皆さんがポンプとホースを持ってきてくれました.さて,問題です.このとき,火元にかけることのできる水の量は,どうやって決まるのでしょうか?
それは,ポンプが水を押し出す圧力とホースが水を通すときの抵抗(水の通りにくさ)によって決まるんじゃないか? と想像することができます.これは,電気におきかえれば,オームの法則そのものです.中学生の頃に,「水の流れ」でオームの法則を教えてもらった人もいるのではないか?と思いますので,これは理解してもらえると思います.
ホースの抵抗は,ポンプの圧力が同じであれば,火元にかかる水の量が多いほど低いということを覚えておいてください.
さて,ポンプとホースがあれば問題ないのですが,そういったものが無い場合,どうやって初期消火をすれば良いでしょうか?
絵を見て,何のこっちゃ? と思われた方も多いと思いますが,ポンプとホースがなければ,「バケツリレー」しかないですよね? このとき,火元にかけることのできる水の量はどうやって決まると思いますか? ちょっと考えると,それは,バケツの大きさと,腕を動かす速さによって決まるんじゃないか? ということに気がつくと思います.バケツが大きければ大きいほど,そして腕を動かすのが速ければ速いほど,多くの水を運ぶことができます.
つまり,火元にかかる水の量は,バケツが大きいほど多く,手を動かすのが速いほど多いということになります.これを言いかえると,抵抗は,バケツが大きいほど低く,手を動かすのが速いほど低いということです.この考え方を電気に置き換えたのがスイッチト・キャパシタです.
ここで,ちょっと回路っぽく考えてみることにします.
上図に示したのが,オームの法則であって,「ポンプで消火」という場合に相当します.抵抗は,電圧と電流によって決まります.また,以下に示したのがスイッチト・キャパシタ技術です.
これは,「バケツリレーで消火」という場合に相当します.図の中で,ちょっと具体的に,コンデンサの容量と,スイッチング周波数と抵抗の関係を考えてみました.
その結果は,バケツリレーによる予想どおりです.抵抗は,コンデンサの容量とスイッチング周波数によって決まります.つまり,R=1/(fCLK・C)であることがわかりました.
ここまでで,なるほど・・・と納得できればいいのですが,どうにも“しっくり”こない!ということはないですか?(^^; なんだか,実験してみたくなりますよね?(私だけでしょうか?)
現在は,回路シミュレータがあるので,こういった疑問をすぐにシミュレータで試してみることができます.
下に,今回シミュレーションした回路図を示します.スイッチング周波数は10kHzで,コンデンサの容量は1000pFですので,R=100kΩとなります.
あとで説明しますが,スイッチト・キャパシタの後には,スイッチング周波数の成分を取り除くためのフィルタが必須です.下に,今回,シミュレーションで使用したフィルタ(fc=1kHz 5次バタワース・ローパス・フィルタ)とその周波数特性を示します.フィルタはアクティブ・フィルタで,理想OPアンプを使って構成しています.
最初は手始めに,“スイッチト・キャパシタによる100kΩ”と“100kΩの抵抗”による分圧回路をシミュレーションしてみました.InputSignalはDC5Vとしたので,電圧は半分の2.5Vになるはずです.結果を以下に示します.
2.5Vぴったりとまではいきませんでしたが,2V程度の電圧になっている(オレンジの線)ことがわかると思います.なお,この波形からもわかるように,スイッチト・キャパシタの出力にはスイッチング周波数と同一の不要な信号(ピンク色の線)がたくさん含まれていることがわかると思います.そのため,前述のフィルタが必要になったのです.このフィルタのおかげで,オレンジの線で示したようなDC成分を得ることができるのです.ちなみに,オレンジの線は,じわじわと立ち上がっていますが,これは使用したフィルタの立ち上がり特性が見えているためです.
実際に,ピンクの線のデータをシミュレータのオプション機能でFFTしてみた結果を下図に示します.
10kHz付近に大きなピークがあり,10kHzのスイッチング成分が多く含まれていることがはっきりしたと思います.
ここで,DCが分圧できるのは,わかったけど,本当にAC信号に対しても使えるの?という疑問がわいてくると思います.そこで今度は,InputSignalに100Hz,振幅2Vp-pの正弦波を使ってみました.この場合も分圧されて,振幅は1Vp-pとなるはずです.結果を以下に示します.
ちょっと減衰しすぎ・・・という感じもしますが,約1/2になっていることがわかりました.どうでしょうか? そろそろスイッチト・キャパシタが抵抗として機能していることについて,“しっくり”してきたのではないでしょうか?
ちなみに,入力信号の周波数を100Hzとしたのには,わけがあります.これがもし3kHzといった周波数であると,スイッチト・キャパシタの後に取りつけた1kHzのローパス・フィルタによって信号成分まで減衰してしまうことになります.
このことから,信号の周波数よりもスイッチング周波数が高ければ高いほど,後に付くフィルタの設計が楽になるということが言えます.信号の周波数とスイッチング周波数が近ければ,その分,遮断特性の急峻なフィルタを用意しなければならないからです.
最後に,スイッチト・キャパシタの後に取りつけた“100kΩの抵抗”を0.1μFのコンデンサに取り替えて,過渡解析をかけてみました.つまり,“スイッチト・キャパシタによる100kΩの抵抗”と“0.1μFのコンデンサ”による「1次CRフィルタ」ということもできます.周波数特性をシミュレーションするのは,少し難しい(時間軸でスイッチングしているのでAC解析をかけるわけにはいかない・・・)ので,今回は過渡解析のみとしました.入力信号は,1Vの振幅の方形波です.
ピンクの線と,オレンジの線がほとんど重なっていてわかりにくいですが,ピンクの線の10msのところにマーカを置いておきました.このときの電圧は,およそ630mVです.
100kΩと0.1μFによる時定数は10msです.時定数は,電圧が最大振幅の63%まで上昇したときの時間を指しているので,このシミュレーション結果は,スイッチト・キャパシタが100kΩの抵抗として働いていることを示しています.
スイッチト・キャパシタ技術の基礎について,簡単な例え話と,回路シミュレーションによって見てきました.
現在は,いろいろなスイッチト・キャパシタ・フィルタや,この技術を応用したデバイスが出回っていて,特に,この技術のことを知らなくても,電源とクロックを用意してやれば,それらのデバイスを動かすことができます.
しかし,スイッチト・キャパシタって何?と思って,文献を調べると,何やら難しそうなものばかりです(実は,私の手元には,スイッチト・キャパシタの文献はなかったりするのですが・・・本屋さんで立ち読みしたレベルです(^^;).そこで,ここでは,スイッチト・キャパシタ技術を使ったデバイスを使うユーザが,最低限,イメージとして掴んでおくといいだろうなぁ?ということをまとめてみました(私自身の勉強のためだったりもします).
難しい説明に辟易していた人にとっての参考になれば幸いです.
...電子回路設計ノート