ACカップリングの考え方


 2つの回路を結合するとき,2つの回路の入出力間にDC的な電位差が存在するときや,一方の回路のオフセット電流やオフセット電圧が他方の回路に影響を与える恐れがあるときなどに,ACカップリングが使用されることがあります.伝送する信号が正弦波だけの時は,あんまりむずかしく考えることもないのですが,もしパルス波(矩形波)を伝送する必要があるときは,注意が必要です.

 今回は,私が実際の製品設計時に,「ついうっかり」やってしまった.設計ミスをご紹介しましょう.

 入出力インピーダンスが50Ωの回路間をACカップリングを使用して結合する必要がありました.信号は周波数1MHzの矩形波(Duty:50%)です.ここで,コンデンサCの値を決める必要が出てきますが,私は安直に以下の式を使いました.

 ここで,

fc :低域遮断周波数
C :コンデンサの値
R :負荷インピーダンス
となります.
 ところで,話がすこしずれますが,回路等に矩形波を伝送しようとするときに必要となる周波数帯域はどのように求めたらいいのでしょうか? 答えは,「オシロスコープの立ち上がり時間」で述べた以下の式で得ることができます.

tr×fc = 0.35

 この式のfcは高域遮断周波数を示しています.つまり,矩形波の立ち上がり時間に応じて,必要な高域周波数が決まることになりますが,簡易的には,矩形波の周波数の約10倍の帯域が必要だと覚えておくといいでしょう.
 さて,そんなわけで,私はかなり安直に(非常に奇妙な確信(勘違い?)を持って),低域の周波数帯域は,矩形波の周波数の約1/10程度を通過させることができれば大丈夫だろうと考えてしまいました.
 したがって,fc=100kHz,R=50Ωとして,コンデンサの値を求めC=0.0318μFから,C=0.01μFと決定してしまったのです.

 次に示すのは,ボードが完成して評価していたときの波形です.

 入力信号源にはアジレントテクノロジーの8133Aというパルス(パターン)ジェネレータを使用し,出力端子に250psのトランジションタイムコンバータを取りつけパルスジェネレータ自身のオーバーシュートを軽減しています(なお,8133Aの波形品質は比較的良好なため,トランジションタイムコンバータを使用しなくても,十分使用に耐える波形が得られるとは思います).波形の観測には,テクトロニクスのTDS8000というサンプリングオシロスコープと,80E03というサンプリングヘッドを使用して行いました.
 波形のうち「R5」というタグの付いたものが0.01μFのカップリングコンデンサを使用したものですが・・・これは,とても矩形波と呼べるような波形ではありません.

 この現象は実は回路シミュレーションでも再現することができます.次に,シミュレーション回路を示します.

 ところで,TDS8000による観測波形はシミュレーション回路のI_INPUTに相当するところで観測したものです.また,「R6」というタグの付いた波形が0.1μFのカップリングコンデンサを使用したときの波形であり,「C1」というタグのついた波形が1μFのカップリングコンデンサを使用した場合の波形です.
 カップリングコンデンサを0.01μFにした場合と,1μFにした場合のシミュレーション結果(トランジェント解析)を以下に示します.


入力パルスのパラメータ


C=0.01μFとした場合


C=1μFとした場合


 この結果から,矩形波を矩形波らしく伝送するには,カップリングコンデンサの値として,1μF程度は必要であることがわかるかと思います.このときの低域遮断周波数はfc=3.18kHzとなります.つまり,矩形波の周波数の約1/300倍の低域信号を通過できるように考える必要があったということになります.
 なお,当然のことながら,矩形波のDutyが変わればこの条件(1/300)も変わってくることは想像にむずかしくありませんね.つまり,矩形波の「平らになっているところ」はDCであるという認識をもって設計に当たれば間違いは起こらないわけです.
 ところで,矩形波がちゃんと伝送できそうだというので,ここで安心してしまっては,再び「失敗」をしでかしてしまうことになります.それは,矩形波が矩形波らしくない波形になっている原因はコンデンサへのチャージ時間が問題になっているからです.
 つまり,入力信号にDC的なオフセット電圧が重畳している場合,入出力の信号がDC的に安定するにはそれなりの時間がかかるということです.
 次に,C=1μFとした回路について,トランジェント解析時間を0s〜505μsに設定してシミュレーションした結果を示します.

 どうでしょうか?入力信号には0V〜1.4Vへ変化する矩形波を使用しています.つまり,DCオフセット電圧が0.7V乗っているということになります.入力信号がオフセット電圧0.35Vから,0.7Vへ漸近していく様子や,出力信号がオフセット電圧0.35Vから,0Vへ漸近していく様子がわかるかと思います.
 入出力信号がDC的に安定する(振幅の1%以内へ落ち着く)までの時間は以下の式によって算出できます.

t = 4.6×CR

 ここで,Rの値は入出力インピーダンスの和を用いる必要があります.ここで,C=1μF,R=100Ωの場合はt=460μsとなることがわかります.この計算結果はシミュレーション結果とほぼ一致しています.
 なお,私の設計した製品は,信号が入力されてから,5msのwait timeをおいてから波形処理をはじめるので,C=1μFへの設計変更はそれほど大きな問題にはならず,事無きを得たのでした・・・


余談

...電子回路設計ノート


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