オシロスコープの立ち上がり時間


 私は,現在某メーカでエンジニアをやっているんですが,職場でよく聴く言葉に「計測器を信用するな」という一見(聴?)過激なものがあります.計測器自身にも誤差があるし,温度ドリフトだってあるし,そのうえ測定系に問題がある場合もあるんだから,「測定したデータが絶対正しいとは限らない」,「少し遠くから冷静に見ろ」ということを戒めの意味も含めて言った言葉だと思っています.
 さて,オシロスコープを波形観測用の計測器として,頻繁に活用している方も多いと思います.最近のアナログオシロスコープは大変安くなってきましたので,アマチュアの方でも持っている方が多いのではないでしょうか?.

 ところで,あなたが観測しているその波形は本当に正しいのでしょうか?

 ここで,プローブをちゃんと校正しなければ正しい波形が観測できないことに気付いた方は,オシロスコープをきちんと使っている方だと思います.

 ここでは,観測波形が現実の波形とは異なる場合がままあるパルス波形の観測について考えてみることにします.取り上げるのはオシロスコープの立ち上がり時間についてです.
 高速のパルス(立ち上がり時間が0[s]のパルス…現実には存在しませんが…)がオシロスコープに入力されたとき,管面で観測されるパルスの立ち上がり時間(オシロスコープ自身の立ち上がり時間)は,

trs[s]×fc[Hz] = 0.35

で表されます.
 ここで,fcとは,オシロスコープの周波数帯域です.上の式は有名なのでちょっとした本には必ず書かれていると思います.でも,なぜこの式になるのでしょうか? この問題は,簡単な1次CR積分回路のステップレスポンスを求めることで解決できます.それでは,ここで,上式の導出をやってみましょう.

 1次CR積分回路のステップレスポンスから,時間t[s]における電圧V[V]は,入力信号が0[V]〜E[V]の振幅を持つとすると

V = E ( 1 - exp( -t/CR ) ) ・・・・・・(1)

と表されます.ここで,なぜこの式になるのかわからないという方は,過渡現象やパルス工学の入門書を紐解いて下さい.必ず載っています.
 また,1次CR積分回路の-3dB減衰点周波数(カットオフ周波数)は,

fc = 1 / ( 2πCR ) ・・・・・・(2)

です.
 (1)式を変形して

exp( -t/CR ) = 1 - V/E ・・・・・・(1')

となります.
 立ち上がり時間は,振幅が10%から90%に至るまでの時間と定義されています.ここで,V = 0.1Eとなる時間をt10%,V = 0.9Eとなる時間をt90%とおくと,

exp( -t10%/RC ) = 1 - (0.1E)/E
-t10%/RC = ln0.9

t10% = - RC・ln0.9
同様に

t90% = - RC・ln0.1

と求まります.したがって,

trs = t90% - t10%

から,

trs = - RC・ln0.1 + RC・ln0.9
  = RC・( ln0.9 - ln0.1 )

(2)式から,RC = 1 / (2πfc)を代入して

trs = ( ln0.9 - ln0.1 ) / (2πfc)
  = ( ln(0.9/0.1) ) / (2πfc)
  = ( ln9 ) / (2πfc)
よって,

trs×fc = 0.35

となります.
 これで,オシロスコープ自身の立ち上がり時間を求めることができました.

 次に,もうすこし現実的に,立ち上がり時間が有限なパルスがオシロスコープに入力されたとき管面で観測される立ち上がり時間を考えてみましょう.

 オシロスコープに入力されるパルスの立ち上がり時間をtri,オシロスコープ自身の立ち上がり時間をtrsとすると管面で観測される立ち上がり時間:troは次式で求まります.

tro = ( tri2 + trs2 )1/2

 つまり,観測される立ち上がり時間は入力パルスの立ち上がり時間とオシロスコープ自身の立ち上がり時間の2乗平均ということになります.
 以上からわかるのは,オシロスコープ自身の立ち上がり時間より速く立ち上がっている高速パルスを観測すると,それはもはや入力パルスの立ち上がり時間を見ているのではなく,オシロスコープ自身の立ち上がり時間を見ていることに他ならないということです.


余談

...電子回路設計ノート


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